玄関に誰も足を入れないスリッパが1足。
赤く可愛らしいそのスリッパの持ち主はもうこの世に居ない。
素足で履いても履き心地がよく、蒸れないフェルト生地のそのスリッパは、今日も寂しく、玄関先で佇んでいる。
このスリッパの持ち主は、色々吟味してこのスリッパを選んでいた。
風が冷たい1月、パジャマにダウンのロングコート。
頭には帽子をかぶり、救急車で連れられていくその姿は、何度思い出しても胸が締め付けられる。
玄関を出る度、スリッパを見る度に思い出す。
母の笑顔。母の声、母の手の冷たさ。
1年たった今も、まだ、一人立つことが出来ていない自分に腹立たしさを覚えつつ、今日も生きていくしかない。